秘書を雇える教授をめざせ!「工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち」

学生やポスドクは、研究室によっては100%、フルタイムで研究だけしていれば良い。
しかし、大学教員には研究・教育以外に様々な雑務がある。
特に、職階が上がるごとに、責任ある雑務が任される。


学生の知らない大学教員の雑務。
助教の知らない講師、准教授、教授の雑務。
助教、講師、准教授の知らない教授の雑務。


そんな雑務のお手伝いをしてくれるのが、女子学生・教員の少ない理工系では
「カツンカツン」と明らかに学生・教員と違う足音を響かせて廊下を歩く秘書さんたちである。
秘書を題材に、大学教員の仕事を、教育・研究以外の「雑務」に焦点をあてて書かれた
「工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち」という本が技術評論社より10月12日に出版されている。

工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち

工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち

下記、amazonより引用。

ヒラノ教授の華麗なる秘書遍歴!?
『工学部ヒラノ教授』『工学部ヒラノ教授の事件ファイル』に続く、工学部実録秘話、第3弾!
日本の反映をささえたエンジニアたちの輝かしい業績も、秘書・事務官たちの陰ながらの奮闘があってこそのもの。
そのフェロモンに学生がすいよせられる六本木秘書、元祖成城ガール秘書、おそるべき馬力で仕事を高速処理するブルドーザー秘書……
個性豊かな秘書たちと、機々械々な世界の住人・ヒラノ教授のすったもんだの日々とは?工学部教授という"働き蜂"集団の生態を描いて大評判!
「工学部ヒラノ教授」シリーズ最新作は、堅物エンジニアと美しき秘書たちとの、ハートウォーミングな共闘物語。

これまで、大学教員を目指す人にとって必読の書である、東工大名誉教授である今野浩教授が書いた、
工学部ヒラノ教授とその続編工学部ヒラノ教授の事件ファイルについては、それぞれ

で紹介した。


4人の秘書たち」とくれば、世の男性諸君は「おっ」と鼻の穴を膨らませて本屋で手を伸ばすことかと思われる。
「今回は売れ線を狙ってきたな」という印象を受けたものだが、読了してみて、
著者にとって秘書によって支えられてきた大学の仕事の多さと、秘書に対する感謝の気持ちが感じられる、爽やかな読後感を得た。
「堅物エンジニアと美しき秘書たちとの、ハートウォーミングな共闘物語。」というのは納得である。


内容はこれまでの作品と同様に、著者の研究生活とその周辺について、時系列に書かれている。
学生時代の指導教員に関する話題にはじまり、スタンフォード留学時代、筑波大、東工大、中央大について事務官・秘書の仕事を
通して、自分の研究生活+雑務について振り返っている。


様々な学内・学外雑務や、学会・研究会の立ち上げ、新たな研究分野を開拓していくときの仕事、
研究者・大学教員としてステップアップしていくときにどのような仕事があるかなど、読みどころの多い、
大学教授をめざす若手研究者にとって必読の書であろう。

以下に、印象に残った文章の抜き書きと出てくる登場人物に関する情報などをまとめておこう。



著者、今野浩東工大名誉教授の学生時代の師匠である、東大工学部30年ぶりの秀才、「モリアーティ教授」こと
森口繁一教授については、コンピュータ博物館
日本のコンピュータパイオニアとして記事がある。
著書としては

応用数学夜話 (ちくま学芸文庫)

応用数学夜話 (ちくま学芸文庫)

などが面白そうである。理工系の学生・学者の多くが持っているであろう、
岩波の数学公式集
微分積分・平面曲線 (岩波 数学公式 1)

微分積分・平面曲線 (岩波 数学公式 1)

などの著者としても名前がある。私の本棚にもあった。

すぐに役に立つことは、概してすぐに古くなってしまうものである。
また研究者が大成するためには、好・不調の波を乗り越えて、粘り強く問題に取り組むことが重要である。
そして、その時の支えになるのが、優れた研究者から盗み取った"研究スタイル"なのである。

という記述があるが、ヒラノ青年は森口教授からは研究スタイルを盗み取ることはできなかった、と述べている。
それはあまりにも何でもすぐに自分で問題を解いてしまうからだという。
飛び抜けてすぐれた研究者の下ではすぐれた弟子は育たない、とのことで、まさに「名選手、必ずしも名監督ならず
といったところだろうか。

国費で雇用される秘書(教室系事務官)がつくのは、1講座につき1名までである

これは東大など一部の大学に限ったことではないであろうか。少なくとも、現在の地方国立大学ではありえない。


日本の大学教官が最も緊張する雑務は、入学試験というスーパー雑務である。2日間にわたるセンター試験と、
それに続く学科入試で、日本の大学はアメリカの大学に毎年一週間分の遅れをとっているはずだ。
アメリカの大学では、博士号をもつスタッフを擁するアドミッション・オフィスが、書類選考で学生を選抜(略)
一定レベル以上の学力をもつ学生を集めさえすれば、入学後の教育によって、大学の質を維持することは十分可能だ

という、本当になんとかしてほしいと、私自身も日々切実に思っていることが主張されている。
文部科学省にはこの「スーパー雑務」をなんとかする道を早急に切り開いてほしい。
さらに言うならば、大学入試に加えて、編入試、大学院入試もあり、大学院入試には二次、三次まであったりする訳で、
センター試験、大学入試前期、大学入試後期、編入試験、大学院入試一次、大学院入試二次をあわせると
2ヶ月に1度は試験をおこなっていることになるのである。

文系・理系の研究者の違いについて

掲載料を払って、学術誌上で論文を発表する理工系研究者と、商業雑誌社から原稿料を貰った上に、著書から得られる印税を
自らの懐に入れる文系研究者は、文系・理系「2つの文化」の違いを表す象徴的事実である。

とあり、本当に不思議なことである。理工系には「特許」という著書より確実性は圧倒的に低いが、
巨万の富を生み出す可能性のある宝くじを購入することはできるが。。


一つ誤植というかミスがあるのは66ページの囲み記事で、「秘書選び問題」である。
A>B>Cという秘書の能力の序列があり、
3人を面接して、「1番目の候補を見送って2番目以降でそれまでに面接したどの候補よりもいい人が来たら採用する」
というルールで採用した場合の最も優秀な秘書Aを選べる確率であるが、
本文(6)はBが選ばれるはずなので、一番よい秘書Aが
選ばれる確率は3/6となるはず。Bが2/6, Cが1/6である。本文では4/6でAが選ばれる、と書いてある。
ちなみに、私の知人は「3人目の彼女がベスト」という持論を主張していたが、同様の理論だったのだろうか。
確かに、「1番目の彼氏・彼女を見送って、2番目以降でそれまでに付き合ったどの彼氏・彼女よりも良い彼氏・彼女ができたら結婚する」という戦略はアリかもしれない。私は既婚なので試せないが。。


科学研究費についても記述がある。

科学研究費800万円の支給が決まったとき、ヒラノ教授は
"これは大変なことになった"と慌てた。申請書には、あれもやるこれもやると書きまくったが、
どれ一つとして確実に成果を出せる見込みは立っていなかったからである。

得てしてそういうものである。しかし、最近は以前より科学研究費の獲得に向けて、申請書の書き方など各大学で
講習会や書き方虎の巻的なものが出回っており、以前より採択率は上がっているものの、
審査も競争も厳しくなっているのではないかと思われる。



ヒラノ教授の最初の秘書であった、東工大一の美人秘書はコメディアンKと結婚したとのことである。
その後「ドロドロの離婚騒動で芸能誌を賑わせた」とある。


人事について、

お見合いと同じで40過ぎの助手(今の助教)に声を掛ける大学は少ない。
50を超えたらほぼ絶望である。

と、タイミングを逃すと万年助教への道があることがわかる。
ヒラノ教授の定年に際して、

定年前に助手(助教)の就職先の斡旋に失敗すると、学科に迷惑を掛けた教授として、
長く語り伝えられることになるし、残された助手(助教)も肩身が狭い思いをしなくてはならない。
いいポストにありつけるかどうかは、実力だけでなく、運によるところが大きい。

とあり、本当に「職」というのは巡り合わせなのである。


理工系の国際研究競争については、

年に2〜3回は海外の研究集会に参加して、世界各地から集まる優秀な研究仲間に自分の成果を
アピールし、彼らのアイディアを吸収した。
国際研究競争の第一線に止まる(とどまる)ためには、このような研究集会に参加することがMUSTである。
なぜならここで発表されたアイディアが、論文形式で専門誌に掲載される1〜2年後には、先頭集団はそのアイディアを
食べ尽くして、新たな課題に挑戦しているからだ。2年前の論文が掲載された時点で残っているのは、骨と皮だけである。

とあり、競争の激しさ、研究は情報戦争である旨がよくわかる。



ユーモアを感じた部分は多かったが、特に最初の方の

ヒラノ青年が教授から受けた「君はもう少し勉強しなくてはダメだな」とか、「この程度の仕事に3週間もかかるのかね」
といったお叱りの言葉を(教授秘書は)全部記憶している。その上、教授夫人の「ヒラノ君は不勉強だから、将来の見通しは暗いわね」
だとか、「結婚したからと言って、碌碌勉強せずに、アルバイトばかりやっているなんて、どういうつもりかしら」といった辛辣な言葉も
すべて(教授秘書は)脳の中に格納しているのだ。

というところで、面白かった。


最後に、ヒラノ教授の次回作に期待し、本文中に引用してある言葉を引用する。

一流のモノ書きである小川洋子氏(代表作『博士の愛した数式』)は、
「モノ書きたる者は、毎日必ず机の前に座ること。そしてひとたび書き出したものは、最後まで書くこと」と言っている。

我々若手研究者も毎日机の前に座り、論文を書き続け、秘書を雇える教授をめざせ!