大学教授は楽しいかね?

理工系では、多くの学生は大学院(修士課程)に進学し、その中の一部の学生は博士課程へ進学する。
そして、大学教授をめざす。しかし、
「8割は准教授にさえなれません」と「7割は課長にさえなれません」
と前回書いた様に、その競争率は高い。

そのような、高い競争率を勝ち抜いた末に手にできる「大学教員(大学教授)」
の職業としての魅力はどれほどであろうか?

果たして、その競争を勝ち抜くための努力に見合う職業なのであろうか?

仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね?

職業を評価するものに、職業の三要素と言われているものがある。
(以下、wikipediaの「職業」より引用)。

経済性:収入を得て、生計を支える事。
社会性:社会の中での役割を担う事により、社会に貢献する事。
個人性:自分個人の人生の目標や生きがいを充足させ、実りあるものにする事。

とある。この中で大学教員の魅力として重要なのは「社会性と個人性
だと思われる。教育・研究を、「学問の自由」を職業として実践することが可能なのである。
そのような大学教員の仕事の魅力を中心に、大学教授として仕事をする上でのノウハウなども満載された貴重な本として、
東京大学名誉教授、明治大学特任教授である「杉原厚吉」教授が書いた「大学教授という仕事」が水曜社から出版されている。

大学教授という仕事 増補新版

大学教授という仕事 増補新版

杉原厚吉教授はこれまで取り上げてきた、「ヒラノ教授」シリーズの今野浩教授の後輩であり、「東京大学工学部」
出身である。本文中に出てくる破天荒で難解な講義をする教授は「ヒラノ教授」シリーズでも度々登場する
「近藤一夫」教授ではと推測される。このように、内容的に「ヒラノ教授」シリーズと似たような内容のことも書いてある
のだが、より具体的にストレートに大学教員の魅力と処世術的なことが書かれている。教授をめざす若手研究者にとって必読の書であろう。
特にこの本で強調されているのは、大学教授の「自由」と「ストレスの無さ」である。

民間企業から大学の教授となって赴任してきた人が、教授会での挨拶で、大学は企業と比べて
恐ろしく忙しいが、驚くほどストレスが少ないというのを聞いたことがある。私は企業の経験は
ないが、これは本当だろうなと思う。

とあり、自分の好きな学問を自由におこなうために、会社勤めよりストレスレスであると思われる。



教育については、

大学の教育には(高校のように)基準や縛りはない(指導要領がない)。このことは実は、「学問は自由でなければならない」
という理念と深く関わっていると思う。学問とは、未知なことがらを、理性という道具を使って解き明かそうとする人類の知的な
営みである。相手が未知である以上、そこにあらかじめ道などない(中略)だから学問は自由であらざるを得ない。

と、教育における自由と楽しさも大学教員の魅力である。



新しい講義を担当するときの準備は大きな負担であり、研究もなかなか進まなくなるのであるが、

学生時代に習った科目を自分で講義する機会をもらうと、学生時代より格段に高いレベルで学ぶことができるのである。
(略)
大学教員にとって講義の負担は重いが、見方を変えれば、給料をもらって勉強するようなものでもある。ひょっとすると、
負担どころか、給料をもらいながら勉強をさせてもらっているという役得なのかもしれない

と、勉強の楽しさを職業にできる、という魅力もある。これは、大学に限らず、教員一般にいえることかもしれない。


研究については、大学教授は研究室という一国一城の主であるとし、

どんな研究テーマを選び、それをどのように学生に振り分け、獲得した研究費をどのように使い、
どんなペースで研究を進めるかは自由である。

と研究も自由に出来る。「これは会社にとって重要だから」とか気にしなくていよいし、何が重要か?は
自分で楽しく決めればよいのである。

以上のように、大学教員は自由に教育・勉強・研究ができるストレスの少ない楽しい仕事である。


もちろん、これまで書いてきた様に、種々の入学試験における「スーパー雑務
や、組織の管理・運営など、ストレスフルな仕事もある。しかし、これは常にこういう仕事はあるのだ、と
慣れてストレスに感じない様にするという心理的なハックが本書では述べられている。
また、常に工夫を凝らすことでこういう管理・運営の仕事にも「楽しみ」を感じることができる、ともある。



その他、大学教員として重要な仕事として、学生の獲得、研究指導、秘書の雇用、それらのための研究費の獲得などのノウハウについても、楽しくおこなう方法が書いてある。
そして、そのための「論文の生産」。

大学教員の最も重要な仕事の一つが研究の遂行であるが、研究をちゃんとやっているかどうかを第三者が判断するための
最もわかりやすい目安は、論文がちゃんと書けているかどうかである。だから、研究をしっ放しにしないで、成果を論文に
まとめて発表することは、大学教員にとってとても重要である。
(略)
書いた論文は、国際会議や学術雑誌へ投稿し、審査を受けて、掲載の価値ありと
認められなければ日の目を見ない。論文が書けるということは、この審査に通る論文が書けるということである。
だから審査委員に理解してもらえ、共感してもらえるものを書けなければならない。

という、大学教員にとって、論文出版の重要性について記してある。"Publish or Perish"である。
これは産みの苦しみのあるストレスフルな仕事でもあるのだが、これを楽しくこなす
方法として「エンターテイメント小説のように論文を書く」という事を主張されている。これは詳しくは下記の本に記載されている。

どう書くか―理科系のための論文作法

どう書くか―理科系のための論文作法

また、研究には区切りが無いため、国際会議に論文を投稿して、区切りを決めて、審査される論文を書く、ということも勧めている。さらに、本の原稿を書き、出版に至るまでのノウハウ、楽しく書く方法など、杉原厚吉著の「大学教授という仕事」には読みどころがたくさんある。特に最後の方の「大学教授のセルフマネージメント」という節には、自由で楽しい職業としての大学教員を続けていくために重要な心がけが豊富に記述されている。若手研究者にはぜひ一読をおすすめする。



以上のように、大学教員という仕事は楽しく自由で魅力的な仕事であり、
高い競争率に見合う職業であると言えるであろう。我々若手研究者は、日々研究と論文執筆に精を出し、「大学教授は楽しいかね?」と聞かれて
「楽しいです!」と言えるような教授をめざせ!